iroiroarukedoのブログ

色々あるけど・・・。面白くなかったら、ごめんなさい。

EBMについて その4

中学校の確率の授業の時でした。数学の先生が、こう言ったのです。

「ギャンブルをする人がいるのは、期待値というものを理解していないからだ」

この言葉は、私を悩ませました。確かに駅前のパチンコ屋に朝から並ぶ客で、「期待値」が何かを知る者は少ない。でも、彼らは本当に確率を理解していないのか?

EV(x)=Σpxという記号が何を意味しているかわからなくても、「パチンコ屋の社長は巨額脱税の常連で、客はサラ金の常連」(当時)ということを知らない者は誰一人いないはずです。

「期待値は賭け金を下回る」と言うかわりに、彼らはこう言うのです。

「絶対に店が儲かるようにできとるからな」

だとしたら、どうして彼らは日課のようにパチンコに通うのでしょうか。なぜ、人はギャンブルに魅せられるのでしょう。もちろん、単なる気晴らしということもあるでしょう。でも、それだけならスマホのゲームでも同じこと。ギャンブルの本当の論理、本質的な意味とは何なのでしょうか?

答えは、賭け金に対して最も期待値の低いギャンブル、宝くじにありました。

年末ジャンボ宝くじ1等、7億円に当たってしまった人に期待値の話をしたら、どういう答えが返ってくるでしょうか。

「本当は宝くじを買うっていうのは、バカげたことなんだよ」
「ぐふっ。ぐふふふっ。」
「償還率は50%以下。半分以上が取られちゃうんだ」
「ぐふふふふふ・・・・・・・・・・・・・・・・・」

1回切りの人生、今更どうせ、いい事なんかあるわけ無い。でも、当たれば一発逆転。この論理の前に、確率は無力です。

正義のユニットEBMは「命にかかわることだから、インチキ治療は許さない」と確率の力で戦います。でも、命にかかわることだから、それぞれにとっては1回きりの人生だから、そもそも確率という概念に意味があるのかどうかさえ、明らかではないのです。

でも、他に何の拠り所もなかったら、確率を根拠にするのは当たり前だろう。そう思われるかも知れません。だけど、本当に確率って、常に同じなんでしょうか?

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「期待値は75%。やっぱりパチンコって馬鹿らしいよな。」

時間つぶしにパチンコ屋に入った男はそう呟くと、投げやりに残りの玉を打ち切り、その行方も追わずに席を立った。

そして、男が台の並ぶ通路を抜けたところで、その台は激しく光を放ちはじめた。男は気付かずに角を曲がったが、台は確変へと突入していた。

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